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春のセンバツ高校野球開幕まで2月19日でちょうど1カ月。初出場を決めた柴田高校の副キャプテンを務める横山隼翔選手は10年前、石巻で被災しました。「甲子園は恩返しの場所」。支え続けてくれる家族への思いに迫ります。

横山隼翔 選手(2年)
「父や兄の分まで、全国の舞台で戦って来られれば」

創部35年、悲願のセンバツ初出場を決めた柴田高校。サード・横山隼翔選手は、副キャプテンとしてチームをまとめてきました。横山選手の一つ上の兄・航汰さんは去年のキャプテンで父・隆弘さんも柴田野球部のOBです。
横山選手の家族は10年前、当時住んでいた石巻市で大震災を経験しました。

父 隆弘さん(47)
「息子たちは津波の中逃げて、5日間行方が分からなかった。5日目に再会した時の、あの感動は今でも思い出すと涙が出てきて」

家族全員無事だったものの、海からおよそ1.5キロにあった家は津波で全壊しました。

父 隆弘さん(47)
「正直、心が折れたというか」

絶望の淵にいた父・隆弘さん。そんな時、子どもたちの何気ない一言が生きる希望をくれました。

父 隆弘さん(47)
「震災から5日目に会えたんですけど、子どもたちが『野球、明後日できるかな』と、壊れた家の片付けしながら、2人で落ちたボール見つけてきてキャッチボールとかしてるんですよ。その光景を見てたらほんと野球が好きなんだな、この子たちと」

「野球が好きな子どもたちのためにできることはないか」。この日から、奔走します。頼ったのは、元楽天で柴田高校の同級生だった小坂誠さんです。

父 隆弘さん(47)
「小坂選手にお願いして息子だけでなく、スポーツ少年団に何か野球道具の協力・支援をいただけないかということを」

そんな隆弘さんの思いは子どもたちにも届いていました。

兄 航汰さん(3年)
「その支援がなければ、今自分がここに立っていることもないので」

横山隼翔 選手(2年)
「お父さんが動いて支援してくれたのは、今思うと本当に感謝したい」

感謝を胸に野球を続けた二人。兄弟は父のため、ある目標を立てました。

横山隼翔 選手(2年)
「お父さんが高校の時、甲子園に行けなかったと聞いて、自分と兄がなんとかして、お父さんのことを甲子園に連れていってあげたい」

「父と同じユニフォームを着て甲子園に連れていく」。去年、果たせなかった兄の思いも胸に、横山選手は必死に練習を重ねてきました。隆弘さんも子どもたちの夢を叶えるため、休日は学校の練習施設を整備するなど影で支えてきました。そして…。

姉 あみさん(21)
「お父さんの夢叶ったね」

父 隆弘さん(47)
「すげーな、やればできる。10年間、やはりすごい辛い時期もあったし、けどやっぱり働く励みは子供たちが甲子園を目指すということで野球をやってくれたこと」
Q.甲子園出場を決めて
「親としたら、これ以上ない親孝行してもらっているなと」

野球を失いかけたあの日から10年、支え続けてくれた父を夢の舞台へ連れていきます。

横山隼翔 選手(2年)
「父や兄の分まで全国の舞台で戦って来られればなと。今までお父さんも苦労してきていると思うので、その分自分がプレーでお父さんに恩返しできるように頑張りたいなと思います」

https://baseball.foredooming.com/wp/wp-content/uploads/2021/02/210219-2025.jpghttps://baseball.foredooming.com/wp/wp-content/uploads/2021/02/210219-2025-225x150.jpgtsutomu高校野球春のセンバツ高校野球開幕まで2月19日でちょうど1カ月。初出場を決めた柴田高校の副キャプテンを務める横山隼翔選手は10年前、石巻で被災しました。「甲子園は恩返しの場所」。支え続けてくれる家族への思いに迫ります。 横山隼翔 選手(2年) 「父や兄の分まで、全国の舞台で戦って来られれば」 創部35年、悲願のセンバツ初出場を決めた柴田高校。サード・横山隼翔選手は、副キャプテンとしてチームをまとめてきました。横山選手の一つ上の兄・航汰さんは去年のキャプテンで父・隆弘さんも柴田野球部のOBです。 横山選手の家族は10年前、当時住んでいた石巻市で大震災を経験しました。 父 隆弘さん(47) 「息子たちは津波の中逃げて、5日間行方が分からなかった。5日目に再会した時の、あの感動は今でも思い出すと涙が出てきて」 家族全員無事だったものの、海からおよそ1.5キロにあった家は津波で全壊しました。 父 隆弘さん(47) 「正直、心が折れたというか」 絶望の淵にいた父・隆弘さん。そんな時、子どもたちの何気ない一言が生きる希望をくれました。 父 隆弘さん(47) 「震災から5日目に会えたんですけど、子どもたちが『野球、明後日できるかな』と、壊れた家の片付けしながら、2人で落ちたボール見つけてきてキャッチボールとかしてるんですよ。その光景を見てたらほんと野球が好きなんだな、この子たちと」 「野球が好きな子どもたちのためにできることはないか」。この日から、奔走します。頼ったのは、元楽天で柴田高校の同級生だった小坂誠さんです。 父 隆弘さん(47) 「小坂選手にお願いして息子だけでなく、スポーツ少年団に何か野球道具の協力・支援をいただけないかということを」 そんな隆弘さんの思いは子どもたちにも届いていました。 兄 航汰さん(3年) 「その支援がなければ、今自分がここに立っていることもないので」 横山隼翔 選手(2年) 「お父さんが動いて支援してくれたのは、今思うと本当に感謝したい」 感謝を胸に野球を続けた二人。兄弟は父のため、ある目標を立てました。 横山隼翔 選手(2年) 「お父さんが高校の時、甲子園に行けなかったと聞いて、自分と兄がなんとかして、お父さんのことを甲子園に連れていってあげたい」 「父と同じユニフォームを着て甲子園に連れていく」。去年、果たせなかった兄の思いも胸に、横山選手は必死に練習を重ねてきました。隆弘さんも子どもたちの夢を叶えるため、休日は学校の練習施設を整備するなど影で支えてきました。そして…。 姉 あみさん(21) 「お父さんの夢叶ったね」 父 隆弘さん(47) 「すげーな、やればできる。10年間、やはりすごい辛い時期もあったし、けどやっぱり働く励みは子供たちが甲子園を目指すということで野球をやってくれたこと」 Q.甲子園出場を決めて 「親としたら、これ以上ない親孝行してもらっているなと」 野球を失いかけたあの日から10年、支え続けてくれた父を夢の舞台へ連れていきます。 横山隼翔 選手(2年) 「父や兄の分まで全国の舞台で戦って来られればなと。今までお父さんも苦労してきていると思うので、その分自分がプレーでお父さんに恩返しできるように頑張りたいなと思います」野球動画をわかりやすくをまとめた国内最大級のサイトです。